第8回大会発表梗概および参考文献
数藤 久美子(関西大学・院修了)
「現在形の次元―Paul Auster, Ghostsにおける時制とStoryの機能」
〔梗概〕
Paul Austerの小説、Ghostsは、現在形で進む小説である。登場人物は色の名前を持ち、非人称を感じさせる抽象的な語り手が、現在時制で物語を語り、終盤で一人称に変わる。文中には引用符がなく、章立てもしていないので、語り手と登場人物の時間がおりなす不思議な世界を成立させている。
小説の時制に関して、たとえばバルトは、単純過去形で作中人物の物語を綴ることによって、登場人物たちは、創造者の手の中に収められて暗黙裡に因果の連鎖の一部を成すのだと言っている。Ghostsにおいては、ナレーターの語る現在形は、時間を超越した単純現在形の用法と思われる。そのような語りのなかで、登場人物と、それを語るナレーターが、テクスト内でどのように作用していくのか、それを検証するのが本発表の目的である。
テクスト全体をつらぬく時間枠を超えた感覚は、地の文の時制によるところが大きい。いわば、語りの現在形は、単純過去形に対して、単純現在形という形を基本にすることで、より抽象度の高い次元をテクストに実現しているともいえる。以下、ナレーターの語る時制を、テクスト内の役割に即して見てゆき、テクストを流れるダイナミズムを検証したい。
〔参考文献〕
Quirk, R, S.Greenbaum, G.Leech and J.Svartvik, A Comprehensive Grammar of the English Language (Longman, London, 1985)
ロラン・バルト、『零度のエクリチュール』渡辺淳一、沢村昴一訳(みすず書房、1971)
Paul Auster, “Ghosts,” in The New York Trilogy (Faber and Faber, 1988)
山岸 倫子(早稲田大学・院)
「The Representation of Children in Cloud Nine」
〔梗概〕
Cloud Nine(1979)はCaryl Churchillの十三作目にあたる戯曲であり、彼女をイギリス現代演劇のスターダムに押し上げた、最初の商業的ヒット作として有名である。同時に、この作品は多くの批評家達の関心をも集め、数あるChurchill作品の中でも、特に多くの議論が交わされてきた作品といえる。しかし、劇中に頻繁に登場するにも関わらず、これまでの研究の中で注目されることの少なかったモチーフがある。それは「子ども」であり、この「子ども」というモチーフや、このモチーフに関わる、特に母子関係といったテーマは、Alice Raynerの言葉を借りると、「劇のより主要な関心事である父権制度、ジェンダー・アイデンティティ、コロニアリズムとあまり相容れない[ために]、完全に理解されることも探求されることもなく、周辺に留まって」きた。しかし、実際に舞台を見たことのある者ならば、「子ども」というモチーフが注目されてこなかったという事実に違和感を覚えるかもしれない。何故なら、舞台上での子どもたちはある種、異様な存在感を放っているからである。例えば第一幕において、少年Edwardは成人女性によって演じられ、幼子であるVictoriaは人形として舞台に登場する。また、第二幕に登場する少女Cathyは、大人の登場人物が普通に演じられる中で、一人だけ、成人男性によって演じられる。本発表では、この「子ども」の「異様な」存在感に注目し、Cloud Nineにおいて、子どもたちがどのような役割を担っているのかを考察する。
また、「子ども」はチャーチルが好んで使うモチーフの一つであるが、Cloud Nineにおける子どもたちは、チャーチルの作品における子どもの表象の転換点になっていると思われる。例えば、それまでの子どもたちが、舞台上には現れないか、もしくは舞台上で沈黙を保っていたのに対し、Cloud Nineにおける子どもたちは舞台を縦横無尽に駆け回る。しかし、それだけではなく、彼らが示す性質もまた、チャーチルがそれ以前に描いた子どもたちとは異なっているようである。よって、本発表では、Cloud Nineのみにおける「子ども」の表象だけでなく、Cloud Nineの子どもたちを、それまでの子どもの表象と比較して論じてみたい。(The presentation will be conducted in English.)
〔参考文献〕
Churchill, Caryl. Cloud Nine. Plays: Two. London: Methuen, 1990.
Harding, James M. “Cloud Cover: (Re) Dressing Desire and Comfortable Subversions in Caryl Churchill’s Cloud Nine.” PMLA113 (1998): 258-272.
Kritzer, Amelia Howe. The Plays of Caryl Churchill: Theatre of Empowerment. Hampshire: Macmillan Professional and Academic, 1991.
Rayner, Alice. “All Her Children: Caryl Churchill’s Furious Ghosts.”Essays on Caryl Churchill: Contemporary Representations. Ed. Sheila Rabillard. Winnipeg: Blizzard Publishing, 1998. 206-224.
中井 麻記子(大阪大学・院)
「表象と自己の狭間で―Sia Figiel のWhere We Once Belongedにおける自己覚醒」
〔梗概〕
サモア人女性作家シア・フィジェルのWhere We Once Belonged(1996) は、主人公の少女アロファの成長を描いているが、それは伝統的な教養小説が主人公の自己形成、またはその挫折を描いているのとは大きく異なる。作品半ばを過ぎた辺りの章 “We” 、そして最終章の “I” というタイトルが示すように、これはアロファという「私」が戸惑いながらも「私たち」という共同体から分離されるまでの話である。物語の構造も、アロファの成長が時間軸に沿って直線的に描かれるのではない。彼女の血族や友人たちに加え、アロファの周囲にあった無数の人間が書き込まれ、かつ、過去と現在、現実と土着の神話的世界が錯綜する。最終的に叔母のシニヴァの自殺をきっかけに「私」に目覚めるまで、アロファが語り歌うのは、寧ろサモア人女性を中心とした共同体の唄である。しかしタイトルの “once” が示すようにその共同体はすでに形骸化している。
抜け殻になっているのはサモア社会だけではない。サモアは西洋文化において「南海の楽園」表象を押し付けられ続けてきた。これは押し付けられる側も「楽園」という観光資源を提供するという点で西洋と共謀関係にある。また、キリスト教や学校で教えられるワーズワースの詩などの「正当な」西洋文化は、テレビや映画が伝える大衆文化と同等に受け止められており、アロファたちにとって「西洋」は現実味の薄い表象の塊である。テーブルクロスとテーブルのたとえ話にあるように、物語世界には「本質」を隠す表層が氾濫している。テーブルクロスは無限に重り、何枚めくってもテーブルは見えてこない。こうした表層的「楽園」表象ではない「真の」サモア的な何かを仄めかすものとして、女性の体臭や声が実体化している。つまり、肉体と土地を媒介に「サモア的なもの」が一応は示唆されている。しかしそれは単純なナショナリズムとも伝統賛美とも違う。だからこそ、アロファは「私たち」の夢から目覚めなければならなかったのだ。
〔参考文献〕
Figiel, Sia. Where We Once Belonged. New York: Kaya Press, 1999.
Keown, Michelle. “ “Gauguin is Dead”: Sia Figiel and the Representation of the Polynesian Female Body.” Journal of the South Pacific Association for Commonwealth Literature and Language Studies 48–49 (1999): 91–107.
小杉世「シィア・フィジェル『私たちがもといたところ』―サモアの日常」木村茂雄編『ポストコロニアル文学の現在』晃洋書房、2004.
中村和恵「「水仙」と植民地の女たち―キンケイド、リース、そしてフィジェル―」『英語青年』147 (2002): 690–95.
--- 「島めぐり文学ノート(2)―南太平洋、カリブ海、日本、それから―」『英語青年』150 (2005): 686–89.
柴田 聡子(昭和女子大学・院)
「The Return of the Native における “Return” の意味再考」
〔梗概〕
トマス・ハーディが生きた時代は、18世紀後半に始まった産業革命に伴い、科学の進歩や発達などが目覚しい変遷の時を迎えていた。特に注目すべきことは、19世紀中頃に、チャールズ・ダーウィンが『種の起原』で人間を含めたあらゆる生物の起源と進化を科学的に証明し、キリスト教的世界観を根底から覆したことである。このことによって、これまでの教会からの教義を疑うことなく受け入れてきた人々の心に動揺が広がっていった。心の支えとなっていた信仰心が崩れていかざるをえなくなってしまったという深い悲観を抱いたハーディは、あらためて人間が何に拠り所を見出していくのかということを探求したのである。
そこで、トマス・ハーディの『帰郷』を題材にして、作品の舞台であるエグドン・ヒースや、主人公クリム・ヨーブライトの妻ユーステイシア・ヴァイの人物像、さらに “I have come home” とクリムが語る意味を分析することにより、『帰郷』における “return” の意味について考察する。
まず、エグドン・ヒースでは、主体となって四季を育み、村人や動物たちのコミュニティを創造する脈動ある大地であることに注目したい。次に、ユーステイシアの人物像では、炎の化身であるユーステイシアと炎との象徴性について考える。そして、生まれ故郷のエグドン・ヒースに帰ってきたクリムが語る “I have come home” という言葉の意味では、クリムにとっての “home” はエグドン・ヒースであると述べる。結論として、『帰郷』における “Return” とは、生命が息づく躍動感あふれる動的要素のあるエグドン・ヒースに、生命力を宿した動的存在であるクレアが帰ることであるとまとめる。
〔参考文献〕
深澤 俊『慰めの文学 -イギリス小説の愉しみ』 中央大学出版部 2002
日本ハーディ協会編『トマス・ハーディ全貌』 音羽書房鶴見書店 2007
ガストン・バシュラール著 渋沢孝輔訳『蝋燭の焔』 現代思想社 1966
ジリアン・ビア著 渡部ちあき・松井優子訳『ダーウィンの衝撃 -文学における進化論-』 工作舎 1998
平沼 公子(同志社大・院)
「Time, Space, and a Black Man:James BaldwinのGo Tell It on the Mountainにおける共同体再考」
〔梗概〕
本報告では、アフリカン・アメリカン作家James BaldwinのGo Tell It on the Mountain における『コミュニティ意識』(Sense of Community)という概念を、都市という空間と時間の歪みの分析から再考する。
一般的にアメリカ黒人文学における『コミュニティ意識』という言葉は、ジェンダー化され、アメリカ黒人女性文学を批評する場合において多用されてきた。また、この『コミュニティ意識』という概念は、その源をハーレム・ルネッサンス以前、都市化が急激に進む前のアメリカに見出すことが多く、Baldwinと同様にRichard WrightやRalph Ellisonが活躍した1940年代から1960年にかけてのアメリカ黒人文学においては、当時の現実を反映し、都市における孤独なアメリカ黒人男性像が主流なものである。Baldwinの主人公Johnもまた、私生児という烙印を押され、家庭の中でさえもアウトサイダーである運命を背負わされている。
しかし、本来であれば、時代背景や主人公のジェンダーを考えるとEllisonの描いた『見えない人間』のナレーターやWrightのBiggerと同様、都市で孤独に闘うアメリカ黒人男性であるはずのBaldwinのJohnは、作品の最終段階でハーレムという共同体の愛によって自己の魂の救済を経験することとなる。この違いはどこからどこから生まれるのであろうか。ここで、Baldwinが描いた都市における共同体とは、ジェンダー化されたものではないことに注目したい。ハーレムの黒人教会という特殊な空間を中心に据えたことにより、Baldwinの描く共同体は女性が中心のものではなく、男女共に『コミュニティ意識』を支えあうことの出来る空間となって読者の目の前に現れてくる。また、実際にはほんの一昼夜の出来事を描写している本作品においては、これまでの批評家が指摘してきたとおり、フラッシュ・バックの多用による時間と空間の歪みが多く見受けられる。それらは勿論、私生児として生まれた主人公Johnの運命を、白人に汚されたアメリカ黒人全体の運命として示唆するものであろう。しかしまた、この時間と空間の歪みは、それ自体がジェンダーの歪みとなり、主人公の経験を奴隷制時代から今に至ってなお続く、アメリカ黒人としての経験を性差を超えた俯瞰図として見せることとなり得るだろう。
本報告では、上記に述べたことを踏まえた上でGo Tell It On the Mountainを再読することによって、現代の、ともすればジェンダー化されがちな『コミュニティ意識』という概念のリミットを広げることの出来る作品としてのその可能性について論じたい。
〔参考文献〕
関口功、『アメリカ黒人の文学』(南雲堂、2005年)
荒このみ、『アフリカン・アメリカン文学論:「ニグロのイディオム」と想像力』(東京大学出版会、2004年)
Baldwin, James. Go Tell It on the Mountain. 1953. New York: Dell, 1980.
Harvey, David. The Condition of Postmodernity. 1980. Oxford: Cambridge UP, 1990.
Scruggs, Charles. Sweet Home. London: Johns Hopkins UP, 1993. (『黒人文学と見えない都市』松本昇 行方均 福田千鶴子訳 彩流社 1997年)
1st Vintage Books ed. Vintage Baldwin. New York: Random House, 2004.
原口 治(福井高専准教授)
「エルガー、パイソン、そしてエリザベス女王―『プロムス最終夜』における「イギリスらしさ」とは」
〔梗概〕
Ⅰ.序論
誰もが「気軽に」楽しめるようにとの意を込めて命名されたはずの「プロムス」が「排他的な文化現象となっている」――イギリスのホッジ文化相が今年4月に表明した見解は、特に「プロムス最終夜」に顕著な愛国的熱狂振りに苦言を呈したものであった。しかし、このようないわゆる「プロムス論争」は今回に始まったことでない。「今年もまた『あの』論争が始まった」と冷ややかに同相の言を報道した『週刊ガーディアン』によれば、「最終夜」とは、「ばかげたイギリスらしさが典型的に表象」され、「国旗を振りながら大声で愛国心をあおる定番の歌を合唱する場」である。とはいえ、「最終夜」は現在BBCの看板番組の一つで、世界各国に幅広く衛星中継されている。この魅力はやはり「最終夜」の第2部で毎年のように定番演奏されるエルガー等の曲と、それに合わせて熱狂的に合唱する観客の姿にあるといえよう。
本発表は、発表者が実際に観覧にした2004年の「最終夜」のプログラム分析を中心に同コンサートにおけるイギリスらしさの一表象を論じたい。
Ⅱ.「プロムス最終夜」におけるイギリスらしさの構築
第2の国歌とも評される『威風堂々第1部:希望と栄光の国』をエルガーが発表したのはエドワード朝初期の1901年であった。エドワード7世の戴冠式のために用意されたこの曲は大好評をはくし、ヘンリーウッドにより「プロムスコンサート」のプログラムに組み込まれたのであった。
しかし、現在のように「定番」としてプログラムが組まれるようになったのは、第2次大戦直後のイギリス斜陽期であった。イギリス国旗やセント・ジョージの十字架旗を始めとした様々な旗が振られる中で、行進曲『希望と栄光』や『ルール・ブリタニア』を力強く合唱するという形態がその特徴として定着し、今ではプロムスの代名詞とまでなった。
この情景から形成されるイギリスらしさのイメージを考えてみる。これはエドワード朝から戦間期の時代に特有なイギリスらしさとその特徴が重なる。「ノスタルジア」が鍵語となるイギリスらしさである。
Ⅲ.アメリカ人指揮者の振るエルガー
近年の「最終夜」で注目すべきは2000年のアンドリュー・デイヴィス卿指揮のプログラムである。彼は「最終夜」のイギリスらしさの確立に大きく貢献した。彼の引退後、2001年より指揮者となったのがアメリカ人レナード・ストラッキンであった。この2人の相違が『プロムス最終夜』の一特徴を表わす。
発表者は2004年9月に、『プロムス』常任指揮者として最後となるストラッキンの「最終夜」をアリーナ中央第2列目より観覧した。この場で国旗は振るだけのものではなかった。それを身にまとう観客が多くいた。ナショナリズムが強調されないように、国旗のイヤリングに止めたという女性観客もいた。このような観客たちが体験するイギリスらしさとはどのようなものか。
Ⅳ.『パイソン』とエルガーが結びつけ(リンク)られた
通常、「最終夜」の『希望と栄光』の演奏前には指揮者が仕切り直すために小休止を入れる。観客の高揚感を煽るのその大きな目的だが、2004年の「最終夜」は従来と違ったプログラム構成で注目を引いた。『自由の鐘』から『希望と栄光』へと小休止を入れずに、ストレートに演奏が移ったのである。『自由の鐘』といえば、いわずともしれたBBCコメディ『モンティ・パイソン』のテーマ音楽。アメリカらしさを容易に想起させる曲である。いわば、『希望と栄光』と対をなすものである。ストラッキンはこの曲で観客全体に手拍子による参加を促した。例年、『希望と栄光』で行なわれる観客参加型のお決まり行事がこの時は一足早く行われたのである。パイソンとエルガー、異なる2者がつながったことになる――パイソン流に言えば見事な「リンク」であった。
Ⅴ.結論
2004年の「最終夜」はガーディアン紙がいうプロムスの雰囲気を崩そうとする興味深いプログラム構成であった。しかし、わずか2年後の「最終夜」の衛星放送では、『希望と栄光』の演奏中にエリザベス女王の映像を流すことで、おなじみのイギリスらしさのイメージが強化されている。BBCはイギリスらしさの探求をテーマに、Who Do You Think You Are?という番組まで制作している。メディアによる「イギリスらしさの探求=ナショナルアイデンティティの構築」はまだまだ続くのであろう。
「最終夜」は第一にコンサートであるが、BBCでテレビ放映される人気番組でもある。「最終夜」の観客とテレビの視聴者には大きな相違がある。それはあたかも、ロイヤル・アルバートホールの土間で国旗を振り大声で歌う観客と、それをボックス席から見下ろす観客との相違でもある。「最終夜」のイギリスらしさの表象とは、コンサートの観客だけでなく、そのテレビ放映を観る視聴者によっても増幅されていくことになる。
〔参考文献〕
指昭博,編.『イギリスであること――アイデンティティ探求の歴史』.東京:刀水書房,
1999.
須田泰成.『モンティ・パイソン大全』.東京:洋泉社,1999.
ターナー,グレアム.『カルチュラルスタディーズ入門――理論と英国での発展』.訳.溝
上由紀,他.東京:作品社,1999.
水越健一.『エドワード・エルガー希望と栄光の国』.神奈川:武田書店,2001.
蓑葉信弘.『BBC イギリス放送協会――パブリック・サービス放送の伝統』.東京:東信堂,2002.
一ノ谷 清美(名城大学准教授)
「1741年のヘンリー・フィールディング―政治諷刺版画をとおして読むThe Opposition. A Vision」
1741年12月、ヘンリー・フィールディングは匿名で『反対派』と題する政治パンフレットを出版した。長年、ウォルポールの政治手法を批判し続けてきたフィールディングが、この政治的寓話作品では一転して、ウォルポール政権に反対する勢力(反対派)のふがいなさを諷刺し、ウォルポールを好々爺として描いている。この変化をどのように理解したらよいのだろうか。フィールディングの政治観が変わったと了解してよいのか。本発表では、同年2月から4月に売り出された一連の政治風刺版画をとおしてこの政治パンフレットを読む。具体的には、ドロシー・ジョージの言う「絵による論争」という観点から、党派的意図と図像との関係を抽出する。つまり、両党派の応酬として版画出版をとらえる。次に、これらの版画群とフィールディングの政治パンフレットに共通する党派的レトリックを指摘しながら、『反対派』が当時の読者には明らかにウォルポール側の出版物と受け止められたであろうことを証明する。
と同時に、定型化した表現を多用することは、作者の政治観を韜晦することにも結びつく点に着目したい。この観点から『反対派』を解釈するとき、フィールディングの「変節」を証明することは、見かけ以上に困難になる。しかし、この作品を政治動向の反映と見る先行研究を再考しながら、フィールディングの執筆意図について考察しようと思う。
『反対派』が出版されて2ヵ月後の1742年2月、ウォルポールは引退する。最後に、『反対派』が、ウォルポール引退を射程に入れた作品であることを指摘したいと思う。
〔参考文献〕
Atherton, Herbert. Political Prints in the Age of Hogarth: A Study of the Ideographic Representation of Politics. Oxford: Clarendon Press, 1974.
Coley, W. B. “Henry Fielding and the Two Walpoles,” Philological Quarterly 45 (1966): 157-78.
Fielding, Henry. Contributions to the Champion and Related Writings. Ed. W. B. Coley. Oxford: Clarendon Press, 2003.
George, M. Dorothy. English Political Caricature : A Study or Opinion and Propaganda. 2 vols. Oxford: Clarendon Press, 1959.
Ribble, Frederick G. “Fielding’s Rapprochement with Walpole in Late 1741.” Philological Quarterly 80(2001): 71-81.
中村 麻衣子(日本女子大学非常勤講師)
「公と私の「わたし」―ロジャー・ケイスメントの日記をめぐって」
〔梗概〕
ロジャー・ケイスメントは、今日アイルランドの国家建設のプロセスでの英雄のひとりとされている。彼の名を歴史に残すことになったのは、主として彼によるふたつの文書、1904年にコンゴ領事であった際にゴム採集地における原住民の虐待を告発した『ロジャー・ケイスメント領事による報告書』と、1916年に処刑された後にその存在が明らかになった『黒い日記』である。ケイスメントのコンゴやブラジルでの活動、とりわけ彼の同性愛が克明に記されたこの日記の真贋は常に様々な議論がおこなわれたが、2002年の筆跡鑑定では、ほぼケイスメントによるものだという結果が出された。彼の名を轟かせたのは、その人権擁護に対する活動よりも、むしろこの日記、その死から長きにわたって開かれることのなかった日記の存在によるといっても過言ではないだろう。しかしアイルランドで1993年まで違法とされていた同性愛という影が常につきまとっていたケイスメントが、いかにして英雄となりえたのか。本発表では、『黒い日記』と共に、反逆罪に問われた裁判での彼自身の言説を中心的に分析することにより、ケイスメント像の神話化と脱神話化のプロセスを明らかにする。
〔参考文献〕
・Casement, Roger. ‘In Ireland alone, in this twentieth century, is loyalty held to be a crime.’ The Penguin Book of Historic Speeches. Ed. Brian MacArthur. London: Penguin Books, 1996. 418-424.
・Dudgeon, Jeffrey. Roger Casement: The Black Diaries. Belfast: Belfast Press, 2002.
・Miller, D.A. ‘Open Secret. Secret Subject.’ Dickens Studies Annual 14(1985)
・Yeats, W.B. ‘Roger Casement’ The Irish Press 2 February, 1937, 6.
・富山太佳夫 『シャーロック・ホームズの世紀末』(青土社、1993年)
三枝 和彦(東北大学助教)
ハクスリーのためらい:建築の表象における価値観の模索
〔梗概〕
1920年代初期のロンドンを舞台として書かれたAldous Huxleyの二作目の小説Antic Hay(1923)は、第一次大戦後という時代の雰囲気を感じ取った社会風刺的小説として位置づけられている。そこではヴィクトリア朝・エドワード朝的な宗教観や価値観に幻滅してこれを受け入れず、むしろそういった社会的規範を軽視して奔放に振る舞う若者たちが主人公として描き出されている。また、作品に織り込まれた当時としては大胆な男女の交友関係や性的描写も、戦前までの道徳観に対する反抗的な態度のひとつに数えられる。それらを好意的に受け入れる読者が存在した一方で、憤慨して非難する読者も少なからず存在し、それが理由で所蔵を拒否する図書館が現れたほどである。この小説は、ハクスリー自身が「戦争世代とでも呼べるようなもののひとりが同世代のために書いた」と表現しているように(Baker 2)、第一次大戦後の若者たちが共有する意識を表現しており、著者自身が世代の代弁者と目されることに寄与している。しかしながら、確かに作品中では若者世代の振る舞いに焦点が当てられ、前世代のもつ価値観が否定的に描写されているものの、作品が表明する両世代への態度を単純な二項対立として捉えることは性急である。その態度は必ずしも一定しておらず、肯定と否定のあいだで揺れ動いているように見えるからだ。Milton Birnabaumはハクスリーの作品では常に「価値観の探求」が行われており、「1920年代に出版された小説はすべて・・・価値観の伝統的な拠り所がいかに戦後世代には欠けているかを表そうとしている」と述べているが(5)、だとすればこの態度の揺らぎはこの拠り所の欠如に関わりがありそうだ。
この小説では建築物の描写や建築に対する人々の反応や考え方に頻繁に出会うが、ここに価値観の揺らぎを認めることができる。そこで本論はこれらを分析して整理したい。そうすることによって、戦前と戦後というふたつの世代に対するこの小説の態度をより明確に理解することが可能になり、さらには作品の背後に存在するハクスリーの態度への洞察がもたらされるだろう。また、この分析においてはガンブリル父子の関係にも焦点が当てられることになるため、戦間期の小説に描かれた父子関係についての考察にもなるだろう。
ガンブリル氏が住む家は背の高い、地下室を備えた五層からなる立派な建物である。屋敷に付設された小さな庭には、屋敷を包み込んで外部からの影響を遮断するかのように木々が植えられ、その梢にはムクドリが囀り、さながらカントリーハウスのような空間を作り出している。ところが屋敷の姿は歪み、内部や骨格には奇妙にも早い劣化が進んでいる。周囲に目を向ければ数年前までは一画を占めていた立派な屋敷が姿を消し、それに代わって現代都市的な建造物であるみすぼらしいメゾネットが次々と姿を現している。更に屋敷の住人たちが立ち去った街の通りには、それまでは入り込むことのなかった近隣のスラムに住む子供たちが侵入して闊歩している。中産階級の居住地は、都市が現代化するにつれて下層階級の居住地へと変貌を遂げていた。ガンブリル家はこのようにいわば衰退しつつある街の一画に立ち続ける、朽ちてゆく家である。この家と街並みの描写は、ハクスリーがCrome Yellow(1921)で行ったのと同様に、カントリーハウスないしはタウンハウスの風刺的表象である。急速に変化する街並みの中で、この変化から取り残されたように立ち続けるガンブリル家は不思議な存在である。木々や小鳥に守られた牧歌的な空間は、現代的な住宅地の中で明らかに違和感を生じさせていて、滑稽ですらある。その存在を維持する無理が祟ったかのように思わせる家の内部の状況が、その印象をいっそう強めている。何世代にも渡って継承されるカントリーハウスは伝統的価値観を体現する存在であり、近代化する社会においてはノスタルジアを喚起する装置として機能してきた。人々はハウスを通して自分たちのアイデンティティを確認し、安心感を得ることができた。しかしガンブリル家はそのような拠り所として描かれてはいない。周囲との調和を欠いたこの屋敷は時代に逆行する存在として揶揄される対象である。そしてこの揶揄の矛先はハウスにノスタルジアを抱いて満足するような姿勢にまで向けられているのである。カントリーハウスの風刺的表象は同時代の作家Evelyn Waughと同様の手法である。伝統的文化に強い憧憬を抱いたウォーによる表象は愛着の屈折した表現だと考えられるが、偉大な文人の家系に生まれてマナーハウスで生活を送り、伝統的な文化に親しんでいたハクスリーにもこのことが当てはまるのではないだろうか。
ノスタルジアに対する風刺はガンブリル氏の取り扱いにおいて顕著である。ガンブリル氏は芸術家的な姿勢が強すぎるあまり商業的な成功を収めることのできない建築家だ。彼は隠遁者のように外界との積極的な関わりを避けて時代遅れの屋敷で静かに暮らしているが、理想の建築を実現しようという情熱を燃やし続けており、それをミニチュア模型という形で密かに具現化している。また、機会があれば建築論についてしばしば長広舌を披露もする。しかしこういった姿は自分の息子からさえ暖かい賛同を得ることはできない。例えば息子セオドアが辞職を報告しにやって来たときのことである。氏は息子を作業場へと案内し、そこで制作しているロンドンのミニチュア模型を披露する。それは多様な建築物の寄せ集めだが氏の情熱の結晶である。氏は息子に模型の建造物の説明をしてやり、それを熱のこもった建築論へと発展させていくが、やがて感情が高ぶりすぎてそれ以上言葉を続けることができなくなってしまう。それまで父の弁論を聞いていたセオドアは、話が途切れるやいなや腕時計に目をやって「もう寝る時間だ」と言い放つ(29)。氏が制作した模型も建築論も息子の関心を十分に引きつけることができず、冷たく見えるほどにあっさりした反応を受けてしまう。別の折りには息子とその友人シアウォーターに、壮大なロンドンの街並みの模型を見せながら哲学的とも言える建築論を滔々と述べ立てていく。それはロンドン大火の後の再建案として建築家クリストファー・レンが考案した図面を基にした大規模な模型である。模型自体は驚嘆といくぶん好意的な反応を受けるものの、ガンブリル氏の情熱はここでも空回りをしてしまう。
Gumbril Senior expounded his city with passion. He pointed to the model on the ground, he lifted his arms and turned up his eyes to suggest the size and splendour of his edifices. His hair blew wispily loose and fell into his eyes, and had to be brushed impatiently back again. He pulled at his beard; his spectacles flashed, as though they were living eyes. Looking at him, Gumbril Junior could imagine that he saw before him the passionate and gesticulating silhouette of one of those old shepherds who stand at the base of Piranesi’s ruins demonstrating obscurely the prodigious grandeur and the abjection of the human race. (158)
これまでの建築家人生の集大成とでも言うべき大作を前にして、ガンブリル氏は活き活きと説明をするのだが、セオドアはその姿からピラネージの作品に描かれた、遺跡のふもとに立って大仰な身振りを交えつつ人類の偉大さと零落を説明する老羊飼いを想像する。雄大な古典的建築に対する憧憬が、大言をわめき散らす予言者が醸し出す滑稽さとして受け取られてしまっているのだ。
これらの場面では伝統的文化への憧憬とそれに対する軽視とが対置されており、その結果、急速に現代化する社会において過去へのノスタルジアを抱き続けることが風刺されている。ガンブリル氏の情熱は息子から冷たくあしらわれているのだが、小説の展開からも好意的な扱いを受けることができない。氏は精魂こめて造り上げた模型をアルバート・ヴィクトリア博物館に売却してしまう。友人であるポルテアス氏が息子の借金を返済するために蔵書を売り払ったことを哀れに思い、いくらかを買い戻せるよう資金を援助するためである。模型の人道主義的な運命はガンブリル氏が現代社会において有益であることを示すエピソードとして解釈することもできる。しかしながら博物館の所蔵物となった模型は、それが実際に建設される可能性を完全に失う。ガンブリル氏が実現を夢見る建築の模型は他の過去の遺物に混じって展示されるだろうが、その結果ノスタルジアを提供するだけの存在に過ぎなくなってしまう。
ここまでのように、建築という主題を通して伝統的文化と現代的文化への態度が顕著に提示されている。だが興味深いことに、ガンブリル氏が一定して伝統的な建築への愛着と現代的なそれへの非難を繰り返すのに対し、セオドアの態度は一定していない。彼は父親のノスタルジアを揶揄しながらも、伝統的なものに対して必ずしも否定的というわけではないのである。自分の発明品を売り出すためにイギリスを離れる直前、彼はヴィヴィアッシュ未亡人と夜のロンドンをタクシーで駆け巡る。ヴィヴィアッシュが夜空に輝きを放つ空中広告に魅了されて賞賛の声をあげるが、そんな彼女をセオドアはたしなめる。彼にとってそれらは現代社会の下品で愚かな面の表れであり、むしろ消防署の荘重で威厳のある建物の方が好ましいという。彼は戦後世代の若者でありながら、現代的な建造物である空中広告に社会の虚飾を、伝統的な建造物に価値を見出している。セオドアは更に教育においても現代の問題を鋭く指摘する。彼は歴史の教師であるが、自分の実践している教育が、下手な書き手によって一般化された歴史の教科書を学生に読ませ、程度がいっそう低下したエッセイを書かせていることに気づく。彼はこの文化的な悪循環に対して憤りを覚えて糾弾する。彼は事態を改善するための努力をすることなく安易に辞職してしまうが、現代文化に対して批判的な眼差しを向けてもいることは確かである。
このように一定しないセオドアの態度は人物造形における欠陥とみることもできようが、拠り所とすべき価値観を見出せずにいる若者の態度だと解釈することもできよう。彼等は大戦前の価値観を受け入れることができないが、それに代わる価値観を戦後間もない社会に見出すこともできずにいるのである。
建築を巡るガンブリル氏とセオドアとの関係はとりもなおさず父と息子との対立であるが、この対立はAntic Hayより十数年先立って書かれた、Edmund Gossの自伝的小説Father and Son(1907)にも見ることができる。そこでは厳格な信仰と道徳観に縛られた父親の頑迷さを、息子が冷静な眼差しで観察し、辛辣とも言える評価を下している。ハクスリーの小説はこの反復である。ガンブリル氏はゴスとほぼ同世代と考えられるため、三世代にまたがって息子から父親への批判が繰り返されていることになる。
ゴスの小説は、息子の側に視点をおいた一人称の語りという構造上の性質から、公平さを図ろうという試みはあるものの、どうしても一方的な批判になっている。Antic Hayでは父親の息子に対する評価も書き込まれている。ガンブリル氏はセオドアのだらしのない性格や職業への適性を辛辣に指摘する。また、クラブで遊び呆ける息子に対するポルテナス氏の嘆きも、父親と息子との対立の一例である。ハクスリーは同世代の愚かしさにも目をつぶることなく描き留めており、その結果、この小説は両世代をその射程に入れた風刺小説となっている。
戦前と戦後の世代両方に攻撃の矛先を向けることによって、Antic Hayは社会風刺としてのバランスを図っているが、これは一方を肯定することへの作家ハクスリーの不安感の表われとも考えられる。戦後の若者世代を代表する作家として、父親世代がもつ価値観に批判的な眼差しを向ける一方で、同世代の振舞いや現代的な文化に対して不安を感じ、拠り所とするべき価値観を見出せずにいる。このようにAntic Hayは、大戦後の復興期に新たな価値観を打ち立てようと模索する姿勢を、建築の表象において顕著に表した作品である。だが現代文化に対する不安感は一層強まり、未来をも射程に入れた風刺小説であるBrave New World(1932)として実体化したのである。
Works Cited and Consulted
Atkins, John. Aldous Huxley: A Literary Study. New and Revised Edition. London:
Calder and Boyars, 1967.
Baker, Robert S. Brave New World: History, Science, and Dystopia. Boston:
Twayne, 1990.
Birnabaum, Milton. Aldous Huxley’s Quest for Values. Knoxville: U of Tennessee P,
1971.
Brooke, Jocelyn. Aldous Huxley. Rev. ed. 1958. Essex: Longman, 1972.
Gill, Richard. Happy Rural Seat. New Haven: Yale UP, 1972.
Gosse, Edmund. Father and Son. 1907. Ed. with Intro and Notes by Michael
Newton. Oxford: Oxford UP, 2004.
Huxley, Aldous. Antic Hay. 1923. London: Vintage, 2004.
---. Brave New World. 1932. London: Vintage, 2004.
---. Crome Yellow. 1921. London: Vintage, 2004.
Kelsall, Malcolm. The Great Good Place: The Country House and English
Literature. New York: Harvester Wheatsheaf, 1993.
Watts, Harold H. Aldous Huxley. Boston: Twayne, 1969.
シンポジウム
「南太平洋という物語空間――<英・米・日>トランス・パシフィック文学論」
司会・講師: 服部 典之(大阪大学教授・イギリス文学)
講師: 原田 範行(杏林大学教授・イギリス文学)
講師: 橋本 安央(関西学院大学教授・アメリカ文学)
講師: 出原 隆俊(大阪大学教授・日本文学)
今回のシンポの趣旨は、18世紀後半のクックやブーガンヴィルの南太平洋航海以来、ヨーロッパにおける「南海表象」の歴史が展開してきたが、その虚実をイギリス・アメリカ・日本の文学を中心に辿りたいというものである。太平洋戦争が北太平洋を席巻していた日本と南太平洋を押さえたアメリカを中心とする欧米の間の戦いであったことが象徴的に示すように、太平洋はユートピア幻想という想像力を喚起するトポスであったと同時に、帝国的野心にとっては垂涎の的であった。ただ、今回のシンポジウムは、ポストコロニアル理論の型どおりの議論で南太平洋を一刀両断することを目的にするわけではない。
20世紀前半に活躍した日本の博物学者とでも言える蜂須賀正氏は『南の探検』(1943)で「地図の上に胡椒を撒き散らしたような太平洋の名も知れぬ島々を探検したら、学界未知の動物を発見すると同時に、かのダーウィンまたはウォーレスにも勝るような生物界の真理を発見できるような気がしてならない」と言っている。我々のシンポは博物学ではなく文学を扱うものだが、太平洋に焦点を絞った議論がディシプリンを越えてなされてきてないように思われることを考えると(トランス・アトランティック文学論は最近語られるが)、我々は蜂須賀の感じたような好奇心を覚えざるを得ない。
今回は、近代のイギリス文学の観点でクックの『南太平洋周航記』の翻訳者である原田範行(はらだ のりゆき)に、クックやブーガンヴィルを中心に18世紀のヨーロッパからみた南太平洋表象について話をいただき、メルヴィルの専門家であり高橋和己論の著書もある橋本安央(はしもと やすなか)には、マルケサス諸島やタヒチで展開する物語である『タイピー』『オムー』などを論じていただき、服部典之(はっとり のりゆき)はサモアを中心に展開するスティーヴンソンの南海物語をユートピア幻想とそこに侵入する反乱と貪欲の幻滅を語り、日本の近現代小説のほぼすべてに通暁されている出原隆俊(いずはら たかとし)には、スティーヴンソンの『宝島』を書き換えた物語『光と風と夢』など南海物語を何冊か残した中島敦を論じていただくという計画である。
トランス・パシフィックな文学冒険旅行に出帆したい。

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